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音楽、波乗り、ギターとかのはなし 最近は、Twitterで 呟いてます。 とても楽です(笑)
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  • 05/10/04:06

02.28.23:53

大亭屋の天丼



大阪時代に、お世話になった食堂があります。
長堀橋にそのお店は、ありました(今でも・・あんのかな)

その店の名前は『大亭屋』もしくは『だいていや』

貧乏人の僕は、いつも昼食はツケで食べてました。
お金は無くても食欲は人一倍ありました。

『おばちゃん、今日のもツケといて』『かめへんよ~』『おおきに~助かるわ~』
そう、まるで吉本新喜劇のオープニングの世界やったんすよね

えぇ~おばちゃんやな~っと毎日、お腹いっぱい食べてるから
月末の支払いは・・・・・・・・・・
『おっ、おばちゃん~俺、こんなに~食べたかな?』
『なに、言うてんの~食べたがな』
『ほんまに~かいな~』
『若いのに~呆けたら、あかんで~』

まっ、ツケの弱みと
ドンブリ勘定の世界ですから
本当の金額は・・・・・・・わかりません(笑)

そんなある日
『おばちゃん、前々から気になってたんやけど』
『天丼のトコだけ、値段かいてへんな~』
『ほんでもって、時価ってなんなん?』
『あ~っ、あれな~』
『海老がな~市場の値段が、毎日変わんねん』
『せやさかい、値段は毎日 ちゃうねん』
『ってことは・・・・・今日は、なんぼやねん』
『え~っと、なんぼにしとこかな』
『なんでやねん』
所謂、言い値ってやつですね(笑)
貧乏人の僕は、一度も口にすることは
なかったけど
美味しかったんかな

僕のお気に入りのギター
グレコSV-800
このギターも時価で販売(表示)されてときが
あります。

僕のギターは販売価格より高く買いました。
希少価値で値段が高いのは
ほんの少しなら、我慢しますが

¥ASK って・・・・(デジマートに出品してる某楽器店)
『いくらですか?』
『せやな~なんぼに しときましょ?』
って、ことでしょうか

まあ、『L-5』や『175』 みたいな
値段には、ならないと思います。。。。たぶん



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02.24.12:00

AN INSATIABLE HIGH



いま車を走らせると、『仮免練習中』の車と遭遇します。
そうなんですよね、高校卒業を控えた人や車の免許を取得しようと頑張ってる人たちが
練習してるんですよね

『昨日、路上練習中に後ろから無理やり追い越すんよ~ちょ~ムカツク~』
なんて会話が、巷で飛び交ってます。。。。。(本当に高校生は怒ってました)
自分が自動車学校で練習してた頃を思い出せば
無理な追い越しや、露骨な走りは控えましょう(笑)

最近、車で走ってて気がつくのは・・・・高中の文字が無くなったますよね
昔は車で走ってたら『タカナカ~40高中や~』っと
皆で盛り上がったものです(バンドの仲間うちでは・・・)

無謀な運転をさせない為にも、40高中を復活して欲しいな
本家『高中正義』もサディスティック・ミカ・バンドに復活しましたからね
って関係ないか~

車の運転もギターの演奏も
無理(無茶)したら、あきませんね
どちらも皆さんに迷惑がかかります。。。(笑)





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02.14.19:48

スローハンド



僕が関西で某有名ドラムメーカーでお世話になった店があります。
南海高野線の○○駅から徒歩で10分くらいのところに
その店はありました。
アメリカンテイストとでも言いましょうか
西部劇に出てくるバーの様な店構え(古~い表現かも・・・)
お店の店員さんは、お尋ね者の様な風貌で
『いらっしゃ~』『どんな、ギター探してんの?』
『そやな~君なら、このギターが似合うで~』っと
まるで、アメリカ村の服屋さんのような対応でした(笑)
でも、けっして怪しい商売はしてません・・・・たぶん

お店のオーナー、店員が『世良公則&ツイスト』のメンバーと友達で
たまに遊びに来てたそうです。
そんなお店ですから、僕の様な田舎者の素人ミュージシャンには
敷居が高い店でした。
楽器メーカーの仕事してなかったら、絶対にお店に入れなかったとおもいます。

でも、オーナーも店員も筋金入りのミュージシャンばかりでした。
上手いとか凄いでは、プロにはなれないんだな~っと
お店に行くたびに思ったものです。

『スローハンド 』オーナーがクラプトンの大ファンで命名されたそうです。
スローハンド 良い言葉ですよね、早いだけなら筋トレすれば
アルディ・メ・オラのような早弾きもできるかも(速さだけなら・・)
良い演奏とはなに? 僕の思う良い演奏とは
音数が少なくても、ゆっくりとしたフレーズでも
充分に感動します。
もちろん、早く弾けて凄い演奏できれば最高ですけど
僕の知ってる限りでは、ほんのわずかです。
早い人は沢山いますけど。。。。。。

スローハンド 一つ一つの音を大切に表現する。
デビット・T?ウォーカーも仰ってました。
『ギターで歌うことを、心がけてる』って

あくまでも僕の考える
早弾きは・・・ラップに近いかも(それは、それでOKやけど)
フィンガー・ピッキングは・・・大道芸に近いかも(まあ、それは それでOKかな)
です。(言い過ぎて、すんません)

スローハンド 僕の中では理想の
いや、究極の演奏スタイルです。
未だに出来ませんけど・・・
ついつい、早く弾いて簡単なフレーズを
難しいフレーズ弾いてんねやぞ~っと
見栄を張ります(笑)


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02.10.23:57

SHOGUN



暴れん坊将軍、将軍様、しょうぐんって呼び捨てにしたら
世が世なら、打ち首獄門いや~即刻切捨て。。。になるんでしょうね
でも、あの方も将軍様でしたよね・・・・

でも、こちらの『SHOGUN』は呼び捨てにしても大丈夫
『AB'S』より少し前に活躍したバンドでした。
まあ、唄とギターは同一人物でした。
こちらは、コテコテのロックバンドやったような気がします。
松田優作の『探偵物語』のテーマソングでも話題になりました。

あの頃のバンドは、上手いとか凄いとかじゃなく
とにかくカッコよかったな~
本物でした。

『西遊記』のテーマソングで一躍有名になった『GODIEGO』も
僕の中では本物やったな~

まあ、最近のバンドでも
良い感じの本物のバンドも頑張ってますよね
でも・・・・名前が覚えられないです(笑)

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02.09.23:33

AB’S



僕の中で80年代のバンドで
特に日本のバンドでカッコイイな~っと思ったバンド『AB’S』

今、関西で大活躍のベーシスト 小林正見くんが
『あのな~滅茶、カッコイイ~バンドが出てきたで~』っと勧めてくれました。

『うわ~何やコレ、フュージョンバンドのウタバンかいな~』
『ちゃう、AORってやつやがな~』『え~お~あ~る・・・・なにそれ』
『アダルト・オリエンタル・・・・なんとかってやつやて』
『あっ・・・アダルト・・・』『って、そっちのアダルトとちゃうで』
って、この会話はおおげさですが。。。。。。

香津美にドップリっとハマッテた僕は
『日本のバンドも、スティーリー・ダンみたいなん できるやんか~』っと
感動しました。。
パラシュートとかも、カッコよかったけど
本格的なウタバンでもなかったような・・・・
『AB’S』がロックっぽくて、『パラシュート』はフュージョンって
僕の中では感じました。

僕は全然弾けなかったけど
小林くんの家で『AB’S』ごっこをして遊びました。
もちろん、小林くんはバリバリっと弾いてました。
香津美の『ユニコーン』や、『ドナ・リー』をベースで楽しそうに弾かれたときは
土下座してしまいました(笑)

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02.01.23:12

夢伝説



大阪時代に、数え切れないほどのバンドに参加しました。
一回限りのセッションバンド、トラで呼ばれたお手伝いバンド
フォーク、ロック、ジャズ、フュージョン。。。。
一年も続けば長いバンド活動でした。
関西方面はメンバーさがしには困らなかったものです。
逆にクビにならない様に日々努力の毎日でした。

あるトラで参加したバンドがありました(3ヶ月くらいお手伝いしたかな)
ボーカルのKくんは、ヤマハの営業を職業としていました。
Kくんは出張で関東へ出かけました。
お得意さんの接待で、スナックへ行きました。
まあ、スナックといえばカラオケは付き物
お得意さんとKくんは、カラオケ大会状態でした。
たまたま居合わせた、お客さんのリクエストした曲がかかりました。
Kくんは心の中で『お得意さんの歌は我慢できるけど、あんな奴の歌はな・・・勘弁してほしいな』
っと呟きました。
でも、その予想を裏切る出来事が。。。。。。。
『上手い! きみ~上手いな~』
『はあ、まあ~そこそこに・・・』
『滅茶、上手いで~レコード出せるで~』
『はあ、ぼく~レコード出してます』
『へっ、なんて名前で?』
『Stardust Revue ってバンドで・・』
『・・・・・知らんな~』
『はあ、まだそんなに売れてませんから・・・』
そう、あの『スタ☆レビ』の根本要さんやったんすよね
ほんの少し後に、あの名曲『夢伝説』がカルピスのCMに採用されて
Kくんは『俺、スタ☆レビの根本要と知り合いなんやど~』っと
自慢しまくってました(笑)

関東に出張したときは、要さんとよく遊んだそうです。
大貫妙子さんも紹介されたそうです。

まあ、聞いた話ですから・・・真実はKくんしか判りませんが(笑)
でも、本当の話です。。。。。やな、Kくん

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01.23.23:52

いとしのエリー



僕が音楽に目覚め始めた頃
巷では、山口百恵が引退して松田聖子が人気が出始め・・・
キャンディーズが『普通の女の子』になってしまい、ピンクレディーが爆発的な人気になり・・・
そして、ポップコン(ポピュラー・ソング・コンテスト)はトラの穴のように
次から次えと、新しいミュージシャン、バンドが輩出されていました。
ポップコンの最後の大物は、やはり世良正則&ツイストでしたよね
デビューから発売されるレコードは、すべてヒットしてました。
正統派のロックバンドなのに、どこかポップな曲
コテコテの演奏なのに女の子が、キャーキャーって騒いでました。
誰もが、ツイストの人気は当分続くと信じてました。
もちろん僕も・・・・あのバンドの、あの曲を聴くまでは
そう、そのバンドの名前は『サザンオールスターズ』
自分でオールスターズって名乗るなんて・・・・変なコミックバンドやな~(因みに、サザンはイースト&ウエストやったかな)
っと思ってました。
最初の何曲かは、勢いだけのイッパツヤのバンドでした(スンマセン~桑田さん)
でも、ある日の歌番組でツイストとサザンが新曲を持って登場しました。
一番手はツイストの新曲で確か・・・『燃えろいい女』CMの曲でした。
ツイストらしい勢いのあるご機嫌な曲でした。
そして、サザンの出番になりました。
僕は、『また~変な歌やろな~』っと思いました。
僕の中では、コミックバンドとしか見えなかったから
しかし、期待はみごとに裏切られました。
『いとしのエリー』曲が終わった瞬間にスタジオは物凄い拍手でした。
『あ~っ、ツイストは終わったな』
『これからは、サザンの時代やな~』
テレビの前で僕は無意識につぶやいてました。

『いとしのエリー』こんな曲は、誰でもかけるってものじゃ無いですよね
桑田さん、そしてサザンオールスターズは凄いすね

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01.19.19:36

マイケル・ブレッカー



1980年代はフュージョン全盛期でした。
どのアルバムを聴いても歪んだギター、チョッパーベース、キメキメのドラム、ローズピアノ&DXなどのシンセサイザー、そしてサックスがブローしてました。
でも、ブームはいつか終わりが来るんです。
誰も終わりが来ることを忘れてるけど・・・・・
そんな歪んだギターが持て囃されてるフュージョンブームの中で
時代を逆行する・・・いや・・・・先取りしたミュージシャンが現れたんです。
そう、パット・メセニーなんですよね~
当時殆どのギタリストはソリッドのギターでしたが
メセニーはフルアコで空間系のエフェクターをかけて
爽やかなギターを弾いてました。
そんなメセニーがアルバムとしては初めてジャズに挑戦した『80/81』
そのときマイケル・ブレッカーと初共演しました。
ゴリゴリのフュージョンをやってたマイケルも
あのアルバムに参加してジャズに本格的に取り組むきっかけになった記憶があります(間違ってたらごめんなさい)

そして、パット・メセニー、チャーリー・ヘイデン、ケニー・カークランド、ジャッケ・デジョネットという最高のメンバーをバックに、勇躍と吹き込んだマイケルのリーダー・アルバム。『Michael Blecker 』
このアルバムからマイケル・ブレッカーは、圧倒的な人気、実力で
テナー・サックス・プレイヤーの第一人者になって行きました。
でも、評論家の中では邪道扱いする人もいましたが素晴らしいアルバムを
発表するたびに
評論家もジャズジャイアンツ扱いをし始めましたね(評論家は結局は無責任ってことでしょうか・・・)

『Michael Blecker 』素晴らしいアルバムです。


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